ドラマ『チアーズ』は、1982年から1993年まで放送されました。その登場人物であるノーム・ピーターソンは、お気に入りのバーに入ると常連客や店員から「ノーム!」というあだ名で呼ばれていました。『チアーズ』を愛した何百万人もの人々が、「You want to go… where everybody knows your name(みんなが自分の名前を知っているような場所に行きたい)」という主題歌の歌詞に、自らを重ねたことでしょう。私たちは皆、同じように感じていると思います。自分のことを知っていて、話を聞いてくれて、理解してくれる人がいると感じられる場所に行きたい、と。

顧客がWebサイトにアクセスした時、コールセンターに連絡した時、企業はこの「ノーム」のパワーを活用して顧客を把握したいのではないでしょうか。それぞれの顧客が何を望んでいるかを予測し、競合他社とは異なるエクスペリエンスを提供したいはずです。この場合、共感が成功のカギとなります。

共感とは、相手の立場に立って考えることです。共感とは何かと考えるとき、多くの人は曖昧なもの、もしくは、単純に「良い」ことだと考えます。しかし、共感とは、適切なタイミングで適切なエクスペリエンスを提供し、その人のニーズを満たすことを指すのです。ときにそれは、「単に顧客は迅速な対応を求めている」というニーズを理解することかもしれません。

最近私は、少しの共感が利益がもたらすことを自ら体験しました。いつも利用している企業のWebサイトを閲覧している時にサイトにログインすると、「ようこそ、チャーリー」と挨拶されました。これは、素晴らしい「ノーム」の瞬間でした。それからそのサイトを閲覧して、適切な製品があるか検索しました。つまり、それは企業との対話であり、私の関心を共有することができたのです。

私は適切な製品を見つけ、それをショッピングカートに入れました。その後、支払い手続きをするためにカートへ移動しましたが、そこでふと手を止めました。ある疑問が浮かんだのです。ノームにたとえるなら、スツールに座ったまま空のビールグラスを見つめているような感じです。店員はノームをそこに座らせたままにするでしょうか。どれほどの時間そうするでしょうか。

その企業からの働きかけはなかったため、私は自分で回答を探すことを余儀なくされました。検索バーに質問を入力したところ、結果がないとページに表示されました。ノームであれば、「ビールが飲みたい」と叫んでいるのに店員に無視されているようなものです。「チャット」ボタンを見つけたので、解決策はすぐに見つかると考えました。ボタンをクリックすると、名前、メールアドレス、質問を記入するためのフォームが表示されました。まるでノームがバーテンダーの肩をたたくと、「君はだれだい。何が欲しいんだ」と尋ねられているようなものです。

『チアーズ』史上最悪のエピソードかもしれません。ノームなら、頭にきてゆっくりとバーから出ていったまま、戻ってくることはないでしょう。受賞歴のある脚本家なら、こんな筋書きを作ることはないでしょう。そしてこれは、顧客にとって望ましいエクスペリエンスではありません。

共感の重要な要素
顧客とオペレーターのエクスペリエンスに共感の要素を取り入れる場合、まず共感を簡易化することから始めます。

家族や友人との会話について思い出してみましょう。あなたはそのとき、どのように共感しましたか。共感を成立させるためには、留意すべき重要事項がいくつかあります。

まず、耳を傾けます。できるだけ多くの情報を収集します。次に、知識と経験を利用して、その情報を理解に変え、適切な対応方法を予測します。アクションを起こし、対応します。ここで対応の成功度を評価します。できれば、その対応から教訓を得て、次回のために改善します。

これらは、顧客とオペレーターのエクスペリエンスにも同じように適用できます。全社のデータに対して耳を傾けます。その顧客がだれであるか、どこにいるか、何が起きているか、どのように感じているかを収集します。人工知能(AI)の力を活用して、このデータを目的とニーズに関する理解に変換すると、適切なサポート方法を予測できます。

エンゲージメントを通して行動することで、適切なコンテンツ、自動化ツール、人材を浮かび上がらせ、個々のインタラクションを成功に導くことができます。AIを再度利用すると、アクションと成果を評価して、エクスペリエンスと結果を継続的に改善できます。

企業には、異なるデータソース、エンゲージメントチャネル、リソースを統合するための結合機能が不足していることがよくあります。企業のテクノロジー部門やビジネスユニットの間に分断が存在すると、このようなエクスペリエンスを生み出すことは非常に難しくなってしまいます。

しかし、ある方法でノームのパワーをカスタマーエクスペリエンスに取り入れることができます。データ、AI、エンゲージメントチャネルの構成要素を統合して、多くの顧客に共感を提供するのです。この方法では、(自動化と人材の)リソースが、顧客の名前を把握するだけでなく、関連性の高いイベントや背景情報を利用して、適切なタイミングで関与し、適切なレベルのガイダンス、支援、コンテンツを提供する、という一人ひとりに合わてカスタマイズした素晴らしいエクスペリエンスを創出します。

プレディクティブエンゲージメントは、顧客とオペレーターの労力とオペレーションコストを削減し、顧客満足度(CSAT)を高めます。「ノームにはビールが必要だ」と予測した店員のサム・マローンは、ノームの好みと注文履歴を把握していました。こうした対応こそ、ノームがこのバーに足繁く通う理由となるのです。

『Harvard Business Review』の最近の調査によると、高いロイヤルティーを獲得している企業は、同業他社と比較して収益が2.5倍成長しています。共感は、不確かで曖昧な概念ではなく、KPIを推進する堅実なビジネス戦略です。

共感とは、単なる温情や曖昧なものではなく、エクスペリエンスの望ましい要素です。ビジネス戦略とエクスペリエンスの中心にすべきものです。顧客とオペレーターのエクスペリエンスを通して、アクションで共感を示すことにより、成長を必要とする企業は差別化を図ることができます。自分の名前を皆が知っているような場所を去りたいと感じる人は、いるでしょうか。