AI(人工知能)はビジネス、芸術など、あらゆる分野に変革をもたらすと期待される一方、AI がカスタマーエクスペリエンス(CX)にもたらす影響については、期待と不安の両方が見受けられます。

2023 年末に米国の消費者 1,000 人を対象として実施した、 Genesys の最新調査「人間と AI の共存:CX 新時代の推進力」の結果を見てみましょう。数多くの調査結果の 1 つに、米国の消費者のおよそ 72% が、AI による自動化が進むことにより、人間のオペレーターによる対応が少なくなるという不安を感じています。この問題は、CX に関して以前から存在するジレンマそのものと言えます。そのジレンマとは、自動化を推進して業務効率とコスト効率を高めたい企業と、人間味のあるカスタマーサービスを希望する消費者との意識のギャップです。

しかし、ボットが賢くなり、生成 AI の力で人間に近い対応ができるようになっても、この古いジレンマは残ったままでしょうか?それとも、企業は、人間と AI が共存できること、顧客にメリットがあることを消費者に対して適切に証明できるのでしょうか?

消費者の不安の根拠

カスタマーサービスにおける AI は、これまで失敗の連続でした。顧客向け AI ソリューションの多くは初歩的なものばかりで、活用範囲は自動応答にとどまり、顧客ニーズのニュアンスを把握できないことがほとんどでした。

初期システムの代表例は、ローエンドで質の低いチャットボットや、「1、2、3 を押してください」といった限定的な IVR の意思決定ツリーなどで、今も一部の企業が使用していますが、基本的な問い合わせしか処理できないため、ユーザーはストレスを感じています。このようなエクスペリエンスは、人間の豊かな共感力が劣悪な機械に置き換えられるという、消費者の根強い疑念の元になっています。

この 10 年間、ライブチャットサポートを使用してきた人ならだれでも、同じような懐疑心を抱いたことでしょう。解決に向けて前進することなく、同じ質問セットを繰り返すチャットボットにストレスを感じない人はいないはずです。

この不安が、AI の CX 活用拡大に関する障壁のひとつあることが、Genesys のレポートにより証明されています。人間によるカスタマーサポートに辿り着くまでに自動化というハードルが増えることを、大多数の回答者が懸念しています。ボットに温かみや共感性が欠けていることへの不安だけではなく、サービス品質の低下や問題の解決が困難になるという不安でもあります。

カスタマーサービスのインターフェースに AI が普及するにつれて、これらの調査結果は今後の開発に対し、重要な課題を提起しています。課題とは、自動化の推進により、CX の品質と効率を向上させるという顧客への約束です。

AI に関する世代別の視点

カスタマーサービスにおける AI に対する見方は年齢層により大きく異なります。各世代のデジタルテクノロジーとの付き合い方により、経験や期待が異なるためです。以下は、AI の導入が進むと人間のオペレーターと会話できなくなる可能性について、不安を感じている人数の割合を、世代別に表したものです。

  • Z 世代:55%
  • ミレニアル世代:66%
  • X 世代:76%
  • ベビーブーム世代:88%
  • 合計平均:72%

ベビーブーム世代は、当然ながら人間との直接的なインタラクションを好み、個人的なつながりを重視しており、AI をコミュニケーションの障壁として考えています。対照的に、ミレニアル世代と Z 世代は AI テクノロジーに好意的です。これらのデジタルネイティブ世代は、AI によってもたらされるスピード、効率性、可用性に慣れているためでしょう。そして、X 世代の考え方は、ベビーブーム世代の両親と、上記の若い世代の中間と言えます。しかし、全体としては技術の進歩に伴い、カスタマーサービスにおける AI ソリューションの活用が進むと見られています。

例えば、調査対象となった消費者の半数が、2030 年までにはインタラクションの相手がボットか人かを気にしなくなると予測しています。このように感じている Z 世代は 73% にのぼります。次のように、ベビーブーム世代を除くすべての世代の過半数が、消費者は AI ボットを受け入れるようになると考えています。

  • Z 世代:73%
  • ミレニアル世代:61%
  • X 世代:52%
  • ベビーブーム世代:42%

しかし、顧客対応の CX に AI を活用したいと考えている企業にとって、明るい側面もあります。全世代が、自分の問題が効率的に解決されるのなら人間による対応であろうと仮想エージェントによる対応であろうと気にしないと考えています(全体で 72%)。

「愚かなボット」が消費者の評価に及ぼす影響

CX テクノロジーの用語で「愚かなボット」という、いささか寛大な表現があります。これは、AI 初期の動作ループを指し、初歩的な意思決定ツリーにもとづくインタラクションのスクリプトセットしか処理できないボットを意味します。このような初歩的なボットには、真の機械学習(ML)機能や NLU(自然言語理解)機能が存在せず、感情的なニュアンスはおろか、インタラクションの背景も理解できません。

これらのすべてが、単純な問い合わせ対応しかできない要因となっています。例えば、顧客が課金ミスに関するサポートを求めても、無関係な自動応答が延々と流れる可能性があります。ボットが問題を適切に認識したり、エスカレーションしたりすることができないためです。

このようなエクスペリエンス(実際には流れていないインタラクションフロー)は、フロントエンドのカスタマーエクスペリエンスに AI を使用することに対する消費者の評価と信頼に大きな影響を与えています。一方、音声分析カスタマージャーニー・マネージメントオペレーターコパイロットプレディクティブ・ルーティングプレディクティブ・エンゲージメントなど、バックエンドへの AI テクノロジー活用については、懸念も認識も少ないようです。

愚かなボットが顧客の意図を誤って解釈したり、問題解決に何度も失敗したりすると、ユーザーの時間を無駄にするだけでなく、ストレスを与え、企業のサポート能力に対する信頼も低下します。その結果、カスタマーサービスにおける AI には、効率的で合理的なサポートや問題解決という明るいイメージではなく、ストレスの多い無駄なインタラクションというイメージが定着してしまっています。

このような初期モデルのボットは、顧客の期待値を低く設定していました。愚かなボットとのインタラクションから受けた不満が原因で、多くの消費者が、 AI は自分たちのニーズを理解して効果的に対応できないと不安に感じています。このような疑念は、高度な AI ソリューションを導入してサービスとサポートを向上させたい企業にとって、大きな課題となっています。

生成 AI を搭載したスマートなボットが実現するもの

生成 AI の登場は、柔軟性に欠ける初期 AI からの飛躍を意味します。生成 AI は、シンプルな先行モデルとは異なり、適応型機械学習モデルを使用し、膨大なトレーニングデータに基づいてオリジナルの応答とコンテンツをリアルタイムで生成します。

IT 部門は状況を把握し、顧客からの問い合わせに対して適切な回答ができます。例えば、顧客が複雑な請求の問題について問い合わせた場合、生成 AI を搭載したボットは、過去の類似したインタラクションや現在の契約情報を分析し、パーソナライズされた解決策を提供できます。

ML、NLU、進化を続ける生成 AI テクノロジーを搭載したスマートな AI ボットの発展は、自動化サービスの効率性と、人間のオペレーターならではの微妙なニュアンスの理解を両立できます。こうした高度なシステムは、人間の言葉が持つ微妙な意味を解釈し、適切かつ状況に応じた方法で対応できるため、顧客インタラクションの質が高まります。

より複雑な問い合わせを効果的に管理する(場合によっては人間の共感を何とかしてシミュレーションする)能力を備えた生成 AI は、初期の AI セルフサービスのようにフラストレーションを即座に引き起こすことなく、最初のコンタクトポイントとして機能します。

さらに、真の ML 型 AI ボットであれば、インタラクションから学習し、精度と有効性を継続的に高めることができます。こうしたシステムは幅広い顧客ニーズへの対応に優れているため、ヒューマンタッチが自動化の犠牲なるという従来の懸念は解消されるでしょう。

AI ベースの新しいエクスペリエンス・オーケストレーション・プラットフォームは、ML の最新機能をさらに発展させたものです。自動化した効率性と、かつては人間のオペレーターだけが可能だった微妙な理解を可能にしています。このようなプラットフォームは、ネイティブの音声ボットやチャットボットなどの AI 機能一式を統合しており、シームレスでパーソナライズされたカスタマージャーニーをオーケストレーションできるため、顧客一人ひとりのニーズの変化にリアルタイムで適応することが可能です。現在のインタラクションに基づき最適な応答を行うだけでなく、過去のエンゲージメントも幅広く分析できるため、正確で適切な文脈の応答を生成します。

今後はこの洗練されたオーケストレーションに、生成 AI ベースの仮想エージェントが組み込まれるでしょう。ボットは進化とともに、人間のコミュニケーションにおける微妙なニュアンスを忠実に解釈して反応できるようになります。インタラクションはスムーズになり、人間と機械の間にあった対応の違いは小さくなっていきます。その結果、企業は高度なボットを導入し、複雑な問い合わせに対しても、優秀な人間のオペレーターに近いレベルの共感と理解力で対応できるようになるでしょう。おそらく予想よりも早く実現されるはずです。

消費者を啓蒙し、意識のギャップを埋める

AI がカスタマーサービスの基盤になりつつある今、顧客からの信頼と許容を育むには透明性が極めて重要です。企業は AI の使用について誠実な態度で、どのような場合に AI ベースのインタラクションを行うか、消費者にとってのメリットは何かを明確にする必要があります。

この最新レポートによると、63% の人がボットであることをすぐに見抜けると考えており、80% の人が AI ベースのボットやデジタルアシスタントが対応する場合は通知を義務付けるべきだと回答しています(ちなみに、ボットの理想的な声はモーガン・フリーマンという意見が大多数を占めています)。このデータは、問い合わせの相手がだれかを消費者に明示することの重要性を浮き彫りにしています。

企業は、人間のオペレーターとやり取りしていると思うような、優れた AI を自慢しがちですが、却って不信感を募らせることになりかねません。

AI が持つ能力と消費者が抱く期待との間にある、知識のギャップを埋めるために、企業は AI の利点と限界の両方を明らかにする必要があります。これは、消費者への啓蒙施策と言えるでしょう。例えば、Web サイトやアプリでガイドや FAQ を提供し、AI がサービス向上のためにどのように利用されているか、品質、特に消費者のデータプライバシー確保にどのような対策が取られているかを説明することなどです。

このような啓蒙施策は、平均的な消費者を対象に AI テクノロジーを分かりやすく説明し、技術の役割とメリットを明確にするためのものです。消費者への啓蒙は、全体的なエクスペリエンスの向上だけでなく、不安の軽減にもつながるため、顧客からの許容と満足度を向上させることができます。

もちろん、100% 確実ではありませんが、AI ベースの優れたエクスペリエンスを提供すれば、過去のボットにまつわるトラウマもすぐに忘れられることでしょう。

今後の展望

AI テクノロジーの進歩に伴い、CX への統合がさらに進めば消費者の不安は大きく緩和されるでしょう。ひとつ明らかなことは、AI の「謙虚さ」、つまり問い合わせが処理能力を超えている場合にそれを認識し、シームレスに人間のオペレーターにエスカレーションできるよう、システムを継続的に改善する必要性です。

このようなセーフガードにより、AI の「ハルシネーション」を軽減できます(ハルシネーションは現行世代の AI モデルの一部に見られる問題で、ボットがもっともらしい回答をすることです)。AI を組み込んだ新しいシステムは、問い合わせを効率的にルーティングし、複雑な問題やデリケートな問題を、共感、理解、問題解決ができる人間に直接伝えることができます。

前述の最新調査によると、今でも消費者は、深い共感や複雑な意思決定を必要とする場合では、顧客サービスにヒューマンタッチを希望しており、10 人中 6 人の消費者が、ボットよりも人間のオペレーターと個人情報を共有する方が安心だと回答しています。

今後は AI を人間の能力を高めるツールとして活用し、カスタマーエクスペリエンスを充実させることが鍵となるでしょう。AI の効率性と人間の共感力を調和させたエコシステムを構築することが、信頼と満足度を維持しながらカスタマーサービスを向上させるために必要です。

理想的な組み合わせを構築し、継続的に改善させていくことは、まさにカスタマーサービス環境の整備であり、企業は現在のデジタルファーストの消費者が抱えるニーズを満たすだけでなく、人間味のあるサービスであらゆる年齢層の長期的なロイヤルティーと信頼を築くことができます。

カスタマーサービスの未来は、技術革新と共感性の適切なバランスを作り出せるかにかかっています。バーチャルエージェントと人間のオペレーターが連携し、効率的でパーソナライズされたエクスペリエンスを提供できれば、顧客ロイヤルティーとブランドへの信頼を大きく高めることが可能です。

この適切なバランスについての詳しい解説は、こちらのレポート全文をお読みください