銀行業とボット:金融サービスにおけるセルフサービスの最重要課題

5年前まで銀行はボットの導入に関して慎重であったため、大半のボットは非常に狭い範囲のタスクにのみ割り当てられていました。 今でも顧客からの問い合わせのほとんどが、オペレーターに直接転送されています。 ボットは簡単な質問に答えたり、単純なインテントに対応したりするために使用されてきました。

現在、銀行はボットの導入に以前よりも意欲的であり、市場もその取り組みを支持しています。 自然言語理解(NLU)ボットを使用して自動化を強化する全社規模のプログラムは、目標をすべて実現するのに数年はかかるでしょう。 しかし、企業全体に大きなメリットをもたらすだけに、実施する価値は十分にあります。

今回は、金融サービス業界(FSI)専用ボットについて、5つのポイントをご紹介します。

1. 膨大なインテント

他の業界とは異なり、銀行業界は事業分野が多岐にわたることも多いため、大量かつ多様なインテントに対処する必要があります。 金融機関には、小口取引当座預金カードサービス住宅ローン資産管理など、さまざまな業務があります。

事業分野ごとに、インテントのライブラリーも全く異なります。 銀行業向けのボットを構築する場合、ライブラリーの規模は小売チェーン向けボットの10倍にも膨れ上がる可能性があります。 小売業の顧客が主に行うのは商品の検索、購入、返品です。 商品が1000個売れたとしても、すべてが同じプロセスを辿るため、 インテントの数は限定的です。

金融サービスはより複雑です。 住宅ローン生命保険資産管理カードサービス、それぞれにインテントが異なります。 クレジットカードへの請求について異議を申し立てる顧客もいれば、住宅ローンの借り換えを行う顧客もいます。 1つのプロセスのなかでもタスクごとにインテントが異なるのです。

この課題は解決困難なようにも見えますが、それを容易にする方法があります。 金融サービスを専門とするテクノロジーベンダーの多くは、そのまま使えるインテントと発話のライブラリーを構築しています。 また、銀行で一般的に使用されているバックエンドシステムと設定なしで連携できる機能を提供しているベンダーもあります。 しかし、金融サービスボットを専門とするベンダーのすべてが潜在的な問題を解決してくれるわけではありません。

ほとんどの大手銀行が複数の言語で顧客対応していますが、銀行関連の用語は地域によって異なります。 成功を収めるにはボットの適切なチューニング品質保証ユーザビリティテストが依然として不可欠です。 この非常に重要なトレーニングと品質保証に企業が時間をかけない場合、ボットが提供するクライアントエクスペリエンスが一貫性のないものになってしまいます。

2. ボットのフルフィルメントと、FSIバックエンドシステム

インテントの特定と、スロットフィリングは、全体から見ればほんの一部に過ぎません。 場合によっては、対応が最も簡単な部分でもあります。 これは、ボットをバックエンドシステムと連携させてインテントのフルフィルメントを行う場合に特に当てはまります。 顧客が当座預金口座から普通預金口座への資金移動を検討しているケースを考えてみましょう。

顧客が一定金額の移動を望んでいること、この資金移動に関連する詳細を特定することで、インテント認識とスロットフィリングの課題に対処できます。 しかし、ボットの仕事はこれで終わりではありません。 このリクエストを実際に処理する必要があります。 つまり、インテントを実行するにはFSIバックエンドシステムとの連携が必要なのです。 この場合、各システムインターフェースがセキュリティーコンプライアンス通信プロトコルを確実に遵守することが大きな課題となります。

この課題を解決するのが、プロセスの簡易化です。 OracleServiceNowSalesforceなどの企業は、インターフェイスを一元化して複数のバックエンドシステムを集約しており、実質的にはコミュニケーションブローカーへと変わりつつあります。 これは、企業ボットが10といった複数のシステムと通信する必要がなくなる可能性を示唆しています。

3. データのセキュリティー、プライバシー、コンプライアンス

多くの企業が手始めとしてFAQボットやコンシェルジュボットの構築を行いますが、銀行のセキュリティー基準は非常に厳しいため、トランザクションボットの構築は容易ではありません。 また、それらを本番環境で運用するとなると、その場しのぎの解決策は通用しません。 それでも、いくつかのベストプラクティスがあります。

1つ目のステップでは、すべてのインテントを識別と検証(ID/V)が必要なものとそうでないものに分類します。 こうすることにより、ボットエコシステム内で遵守すべきセキュリティープロファイルが明らかになります。

2つ目のステップでは、スロットを埋める情報やボットが提供する情報の種類を分類し、PCIコンプライアンスとデータプライバシー規制の観点から何が必要かを判断します。

3つ目のステップでは、インテントフルフィルメントに活用するすべてのシステムを特定し、セキュリティーとリスクの観点からそれぞれを分類します。

この情報を事前に集めておけば、セキュリティーチームやコンプライアンスチームと必要な話し合いを行うことができます。 両チームには、この取り組みに参加し、できることを判断してもらう必要があります。 野心的な計画を立てる前に、まずは必要な作業をおこない、チームとの話し合いを進めましょう。

4. モデルリスク管理の舵取り

銀行は長年にわたり、複雑なモデルとデータサイエンスを事業活動に用いてきました。 そんななか、貸付可否などのリスク評価に人工知能(AI)アルゴリズムを採用し始めた頃に生まれたのが、モデルリスク管理です。 アルゴリズムが適切に機能しなければ、想定外の結果が銀行に危機をもたらす可能性があったことが背景にあります。 現在、モデルリスク管理は、厳密なゲート制御を備える正式なプロセスになりました。 AIアルゴリズム(あらゆる種類のAIツールや機械学習アルゴリズム)が提案された場合、銀行はリスク回避のために、非常に綿密で時間のかかる一連の手続きを踏みます。

例えば、6カ月以内に完了したいプロジェクトがある場合は、できるだけ早い段階で社内のモデルリスク管理チームに相談して、 プロセスにかかる時間を確認してください。 このタスクはプロジェクトのスケジュールに組み込んでおく必要があります。

モデルリスク管理は元々、ボットを想定したものではありませんでした。 しかしその後、AIモデルを使用するボットやあらゆるサービスが対象に含まれるようになりました。 計算予測分析を伴うプロセスやシステムは、モデルに分類される場合があります。

最終的には、あなたがこの作業の舵取りを行い、モデルリスク管理チームが求めるすべての情報を揃える必要があります。 その情報とは、チューニング、テスティング、品質保証のプロセスや、データソース情報、データ・クレンジング・プロセス、また、モデル内の公平性や倫理に反する要素を除外するための細かなプロセスなどです。

5. 導入の第一歩

これだけさまざまな課題があると、どこから始めればよいのか、どうすれば成功を収められるのか、悩んでしまうでしょう。

まずは改善の余地が最も大きい部門から着手することをおすすめします。 大手銀行の多くは保険部門を擁していますが、高度なテクノロジーはまだあまり導入されていません。 基本情報を提供したり、インタラクションをより効率的にルーティングしたりするだけのボットを追加することで、カスタマーエクスペリエンスを合理化し、日常タスクからオペレーターを解放できます。 この手のシンプルなFAQボットは、トランザクションを必要としません。顧客をFAQへと、より洗練された方法で誘導します。 また、オペレーターへのエスカレーションが必要な場合は、ボットからオペレーターへと重要な情報を引き継ぐことができます。

それと並行して、リスクが低く成功率が高い分野に対して、より野心的なトランザクションボットの導入も計画しておきましょう。 こうすることで、トランザクションボットへの移行がスムーズに進みます。 「第2段階」を終えていれば、難易度やリスクが高いユースケースにボットを導入できるかどうか、適切に判断できるはずです。

結論

金融サービス業界は難しい業界です。規制が極めて厳しいうえに、非常に保守的であり、リスクをとることを好みません。 しかし、ボットによる自動化がビジネスにもたらすメリットは甚大です。 このメリットは、ボットをいち早く導入した企業によって証明されています。また、こうした企業の成功をきっかけに、金融サービス業界へのボットの導入が加速しています。 しかし、実際に成功を収められるかどうかは、業界固有の課題に対処できる健全な戦略があるかどうかにかかっています。